髪が生え続けるタイのお坊さんのミイラ in ナコーンシータマラート

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タイ語学校の先生たちとともに訪れた、ナコーンシータマラートのプラ・タート修道院。
修道院内の長い階段とケモノ道を登った小山の頂上に、5年前に亡くなったという偉いお坊さんのミイラが安置されていた。

ミイラって……もしかしたら、人生ではじめて見たかも。なかなか衝撃的 (;゚д゚)
死後まだ5年しかたっていないせいか、輪郭や皮膚感はまだ人間らしくしっかりしている。
でも、なぜか全身金色に塗られていた。よくわからないけど、金箔を貼られているのかな?

下の写真の建物の中に、お坊さんのミイラは安置されていた。
中には入ることができず、上の写真はガラス戸越しに撮影。

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横で一緒に写真を撮っていた校長先生が言うには、なんと今も髪が生え続けているとのこと
そう言われてみて良く見ると、たしかに髪の毛がまばらに3〜4cmぐらい生えている。
いやまさか、もともとあった毛でしょ?と思ったけど、よくよく考えるとお坊さんって全部剃るよね……

「体は死んでしまったけど、今もまだそこにいらっしゃるんだよ」と校長先生。
もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
不思議と恐ろしさや不気味さは感じなくて、むしろどことなく、優しさを感じるような神々しいオーラに包まれていた。

お坊さんのミイラといえば、日本でも即身仏がよく知られているので、日本人にとってはそれほど驚くべき話でも無いかもと思う。
子供の頃、家にホラー話ばかりを集めた児童書があって(って自分が買ったんだけど)、その本の中に「即身仏になる方法」みたいな話が紹介されていたのを思い出す。

ーー自ら即身仏(ミイラ)となることを選んだお坊さんは、死後に体が腐らないように木の実だけを食べて体の脂肪を無くす修行をして、生きながら埋められる。
そして、地中で鈴を鳴らしながらお経を読み続け……その音が聞こえなくなったら、ミイラの完成☆
って怖すぎるよぅ〜〜 この話 (´;ω;`)

このお坊さんのミイラは、そういった日本の即身仏のように厳しい修行の後に自らミイラとなったわけではなく、自然に亡くなられた後に何らかの処置を施されてミイラになったみたい。
タイにも即身仏の習慣があったかどうかは良く知らないけど、気候を考えると、日本みたいに何百年も腐らずに残るのは無理なのではという気がする。

タイでは、徳の高い偉いお坊さんが亡くなると、死後にその姿そっくりの像を作って崇める慣習がある。
お坊さんの遺体をこうやってミイラとして保存しておくことも、多分それと同じような感覚なんだと思う。
特別珍しいことでも無いようで、たしかリゾート地で有名なサムイ島にもお坊さんのミイラがあると聞いたことがあるし、他の場所でも何か聞いたことがあるような気がする。

なんだかちょっと興味が湧いてきた。お坊さんのミイラ。
今度サムイ島のミイラを見に行ってみようかな (*´∇`*)

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南部タイの仏教の中心地、ナコーンシータマラートへ

ナコンシータマラート

先週、タイ語学校の先生たちから「タンブン(功徳)に行かない?」と誘われ、ナコーンシータマラートへ日帰りドライブへ♪

ナコーンシータマラートは、タイ南部の小さな街。
プーケットがマレー半島の西側にあるのに対して、ナコンシータマラートはちょうど反対側の東海岸に面している。
地図で見るとプーケットのすぐ近くにあるように見えるんだけど、実際行ってみると、車で飛ばしまくっても4〜5時間はかかる距離だった。

プーケットにも立派なお寺がいくつかあるのに、どうしてわざわざ?
と思って調べたら、ナコーンシータマラートは、古くから南部タイの仏教の中心地だった場所で、由緒正しいお寺がたくさんあるらしい。
タイで2番目に高い仏塔があるワット・プラ・マハータートというお寺が特に有名、ということらしいんだけど、今回私たちはそこには行かなかった。

私たちが訪れたのは、どうも普通のお寺ではなくて、お坊さんが修行したりする場所。
iPhoneの地図によると、名前は「Phra That religion practice center」と書いてある。
辺りに何も無い、山奥にひっそりと佇む修道院。
訪れる参拝客も、私たちしかいなかった。

ひとつの小さな山全体が修道院の敷地になっていて、山のいたるところに、上の写真の蛇の像のような不思議なものがたくさんある。

こちら↓は、願いごとをひとつだけ叶えてくれる神様の像らしい。正体はよくわからない。

ナコーンシータマラート

「何かお祈りしてみたら?」と横にいた先生に急に言われ、何にも考えてなかった私は、とっさに「ヨーロッパ旅行に行けますように」とお祈り。
ここに来る道中の車に同乗していた男性から、先月ヨーロッパ旅行に行ったという話をずっと聞かされていた影響で、とっさに出てきた願いごとだったんだけど、今考えれば、もっと叶わなそうなことをお祈りしとけばよかった (´・ω・`)

山登りの途中、校長先生が山肌の少し岩が崩れた部分を指差して、こんな話を教えてくれた。

「昔、生活に困った人たちがお坊さんにどうすれば良いか相談したら、お坊さんがここを掘りなさいと教えてくれて、その通りにこの場所を掘ったら、本当に金(きん)がたくさん出てきたんだよ」

ふ〜ん、古い言い伝えなのかな、と思って聞いていたら、なんとまだ10年ぐらい前の話らしい!
金を掘り出した人たちは3人いて、それぞれどこかに持ち去ってしまったそうな。
おとぎ話のようなことが今も現実に起こる、不思議の国タイランド……( ´ ▽ `;)
いいな〜、誰か私にも金のありかを教えてくれないかな〜。

山の散策が終わったら、そもそもの目的であるタンブン(功徳)をするために、偉いお坊さんの像がある本堂へ。

お坊さんの像

ここで、先生たちが参加メンバー(全部で8人)からタンブンのお金を集める。
これに学校の運営資金の一部を加えて、合わせて約4,000バーツほどの寄付金をお坊さんに渡した。
4,000バーツ(約12,000円強)といったら、タイの物価を考えると結構な高額。
お寺への寄付に、こんなにたくさんお金を出すなんて。

あ、そうか、これは多分、日本で会社の重役や経営者が社運隆昌を願って神社で寄進や祈祷を行うのと、同じなのかもしれない。
タイではそれを、お寺でやるんだな、と思った。

そういえばうちの親も会社経営者なので、毎年1回、京都の伏見稲荷神社に祈祷に通っていたなあ〜。
やっていることがそれと似ているような気がして、伏見稲荷の思い出がたくさん蘇ってきた。

寄付金を受け取ったお坊さんは、頭を下げて合掌する私たちに対して短いお経をあげた後、小さいほうきのような器具を振りながら、聖水をパシャ、パシャ、と頭にふりかけてくれた。
これもなんとなく、祝詞をあげて紙垂を左右に降りながらお祓いをしてくれる神主さんと、イメージが少しかぶる。

もちろん、タイの仏教と神道とはあまり関わりはないと思うので、こうした共通点は偶然だろうと思うけど。
でも、人々が仏様や神様にすがってお祈りする気持ちは、どんな宗教でも同じなんだな〜と思った。

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ドリアン、バナナ、etc。裏庭で南国フルーツ狩り[タイ・スラタニ]

年末のスラタニ旅行記の続き。

ヨートの実家の裏には、テニスコートほどの広さの果樹園があった。
旅行最終日、出発まで少し時間が余っていたので、ヨートやその親戚の人たちと一緒に、フルーツ狩りをすることに。

果樹園といっても、しっかり手入れされているわけではなく、ほとんど「単なる林」状態。
特に何もしなくても年中果物がなっていて、家族の人は、食べたいときに裏庭に行って適当に摘んでいるみたい。
うらやましい生活だな〜〜。

まずひとつめの写真は、ロンゴンの木。

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漢字で「龍眼」って書くらしいけど、これは中国語かな?
皮をむくと、中身は半透明の白色で、果肉はプリッとしていて甘酸っぱく美味しい♪
市場に行くと、キロ100円前後で売っているのでたまに買うし、よく人からもらったりもする。 タイにいると、とにかくあちこちで目にする、ポピュラーな果物のひとつ。

そして次の写真は、ランブータン。

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毛が生えたような奇妙な外見。タイ語の名前は「ンゴッ」という、何とも気の抜けた響き。
中身の味は上のロンゴンと似ているけど、中心にある種の周りについてる渋皮が、舌触りが悪くとてもうっとおしい。
どうやって食べても、必ず渋皮がくっついてきて、毎回「ウガーーー!!」とか思う。
なので、私はロンゴンの方が好き。

お次は南国のフルーツとして日本でも良く知られた、ドリアン&バナナ。

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ドリアンの木は背が高く、実はかなり上の方の位置に生っていた。
私が「ドリアンはいらない」と言ったので、ドリアンを狩るところは見られなかったんだけど、長い棒でも使って落とすんだろうか?

ドリアンの実の大きさは、大きい物だと人間の頭ぐらいあって、かなり重量がある。
そして表面のトゲトゲは、サボテンの針のごとく、ちょっと触っただけでチクっと痛い。
そんなドリアンの実を、あんな高い場所から落とすんだから、けっこう命がけの作業なんじゃないかと思う。
ドリアン狩りの最中に、たまたま通りかかった人の頭にヒットして、亡くなった事故とかありそう(想像)。

そして最後は、巨大果物ジャックフルーツ!!
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ジャックフルーツ、私がタイに来てから一番びっくりした果物なんだけど。
ドリアンよりさらにでかい、果物とは到底思えない大きさ。
以前スーパーで見たやつは、直径50cmぐらいあった。
これも、落ちて来たらきっと即死!

中身はというと、ドリアンと違ってそれほど臭くない。甘ーい香り。
食べると、甘いんだけど水分がほとんど無く、繊維質で固めのグミのような歯ごたえ。
まずくは無いけど、みずみずしい果物が好きな私の心には、全く響かない味……

ーーそんな感じで、新鮮な驚きがたくさんあった、スラタニの裏庭果樹園でのフルーツ狩り。
南国のフルーツって、こういう風に木に生っていたんだな〜〜。
おみやげにロンゴンやランブータンもいっぱいGETできたし、楽しい経験だった ♪( ´▽`)

タイの大晦日は、家族親戚が大集合![タイ・スラタニ]

スラタニ滞在、3日目。この日は大晦日(おおみそか)。
タイ人は、大晦日をどのように過ごすのだろう?

私が泊まらせてもらったヨートの実家には、前日の夜から、親戚が15人ほど泊まっていた。
そして大晦日の朝、少し遅めに目を覚まして部屋の外に出てみたら、なんと50人ほどに人数が増えていた!
全員、ヨートの親戚一族なんだろうか? ものすごい大家族だ。

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写真に映っているのは、親戚の方々のうちの、ごく一部。
家の奥の方と、応接間とおぼしき大きな部屋に、さらにたくさんの人がいた。

台所では、女性たちが食事の準備で大忙し。
私も何か手伝いたかったけど、タイ料理の作る手順や、材料の正体が何だかよくわからないため、何をしたらいいのかさっぱりわからず。
私は、食べる専門に徹した。
朝っぱらから、魚&肉たっぷりのタイカレーざんまい。

しばらくすると、お坊さんが5人、家にやってきた。
お坊さんたちは、大きな応接間に通され並んで座り、お経を読み上げはじめた。

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親戚の人たちは、お坊さんと向かい合って手を合わせ、ときには一緒にお経を読む。
短いフレーズだけど、みんなお経を空(そら)で言えている。すごい!
私はタイ語のお経なんか言えるわけないので、目立たないよう、すみっこに座って手を合わせ続けた。

タイの田舎では、どこの一族も同じように、大晦日にお坊さんを招くんだろうか?
それとも、この家が大きな家だから特別なのか、よくわかんないけど。
節目にこうやって、仏様や神様にお祈りするというのは、日本と同じだなと思った。

ところで、お経を聞きながら気付いたのは、日本の仏教との大きな違い。

日本では、お坊さんは仏様と向かい合って、信者の人々に背中を向けてお経を上げる。
でもタイでは、お坊さんは仏様と同じ方向を向き、人々と向かいあう形になっている。
これは、仏様とお坊さんに対する、考え方・とらえ方の違いからきているのかなと思った。

日本の大乗仏教の考え方では、人間は死後にみんな仏様になるので、そういう意味ではお坊さんも信者も、仏様を尊ぶというほぼ同列の立場。
でも、タイの上座部仏教では、出家修行せずに死んだ人は、ただの死者で仏様にはならない。
悟りを開こうと修行しているお坊さんは、仏様の一歩手前の存在で、出家していない人々から見れば、敬うべき存在になるのかなーと。
実際、お坊さんと仏様は、同じ「プラ」という単語で呼ばれている。

一方で、日本との共通点もあった。
それは…………お経の儀式が長過ぎる!!

あっさりすぐに終わるものかと思ったら、日本の法事並みに、長〜〜〜い。
タイでは、足を横にくずした状態の座り方が正式なんだけど、それでもかなりきつかった。
ものすごくひさしぶりに、足のしびれを経験した (>人<;)

タイの年末・里帰りの夜[タイ・スラタニ]

タイ・スラタニで、タイ人の年末の里帰りに2泊3日で同行♪

今回は、2日目に泊まった友人ヨートの実家のお話。

初日に夕食をごちそうになったビアの実家は、ややこじんまりとしていて、タイでよく見る田舎の一般的な家って感じだった。
一方のヨートの実家は洋風の作りで、ものすごく立派。

入り口に金持ちっぽい大きな門、その向こうに広がるだだっ広いお庭。
さらに家の裏に回ると、ドリアンやマンゴスチンなど、様々な果実がなる大きな果樹園まであった。

どうやら、一族の本家らしく、この日は15人くらいの親戚が集まっていた。
そしてみんなで手分けして、夕食をつくる。

下の写真は、私がお手伝いに参加した、ホーモックという料理の下準備中。
ホーモックは、タイに来たらぜひ食べて欲しい、私のオススメタイ料理のひとつ!

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バナナの葉っぱで作った入れ物に、とても香りの良い食べられる葉っぱ(正体不明)を入れて、ココナッツ入り魚のカレー汁を流し込む。
そしてこれを蒸すと、ふんわりと固まる。タイカレー風味の、茶碗蒸しといった感じ?

お料理完成後、私は、茶碗で蒸したバージョンを食べた。
めっちゃ辛いんだけど、風味が良く深い味わいがあって、とても美味しい  *・’(*゚▽゚*)’・*。
ご飯にも合う!
あっという間に一皿平らげてしまった。

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食事を終えた後、ヨートのいとこと思われる人たちから、
「いまお寺でマノラーをやってるのよ、一緒に観に行きましょう」と誘われ、わけがわからないまま車に乗せられ、お寺に連れていかれた。
マノラーって、一体!?

連れてこられたお寺では、特設ステージが作られ、村人みんな集まって演劇を鑑賞中。
タイの伝統的な衣装に身を包んだ女性が、タイ舞踊をしながら、ステージで声高らかに歌を歌っていた。

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なんか良く分からないけど、めっちゃ良い声! ちょっと感動。

マノラーとは、タイの古典演劇のジャンルのひとつらしい。
調べてみてもあまり情報が出てこなかったんだけど、「叙事詩に合わせて踊る演劇」、とのこと。
小さな村の、年末のスペシャルイベントなんだろうな〜と思った。

マノラーのステージが終わって、家に戻る。
大人たちはテーブルを囲んでお酒を飲み、子供たちは部屋の中でバドミントンをして(こら!)、賑やかに盛り上がっていた。

この日私は、外国人ということで、いろんな人に声をかけられまくって、正直ヘトヘト。
まだみんな盛り上がっていたところだったけど、先に就寝することにした。

翌日は大晦日。
大晦日、タイの人々はどのように過ごすのか?
続きは次回のブログで ( ´ ▽ ` )ノ