タイの大晦日は、家族親戚が大集合![タイ・スラタニ]

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スラタニ滞在、3日目。この日は大晦日(おおみそか)。
タイ人は、大晦日をどのように過ごすのだろう?

私が泊まらせてもらったヨートの実家には、前日の夜から、親戚が15人ほど泊まっていた。
そして大晦日の朝、少し遅めに目を覚まして部屋の外に出てみたら、なんと50人ほどに人数が増えていた!
全員、ヨートの親戚一族なんだろうか? ものすごい大家族だ。

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写真に映っているのは、親戚の方々のうちの、ごく一部。
家の奥の方と、応接間とおぼしき大きな部屋に、さらにたくさんの人がいた。

台所では、女性たちが食事の準備で大忙し。
私も何か手伝いたかったけど、タイ料理の作る手順や、材料の正体が何だかよくわからないため、何をしたらいいのかさっぱりわからず。
私は、食べる専門に徹した。
朝っぱらから、魚&肉たっぷりのタイカレーざんまい。

しばらくすると、お坊さんが5人、家にやってきた。
お坊さんたちは、大きな応接間に通され並んで座り、お経を読み上げはじめた。

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親戚の人たちは、お坊さんと向かい合って手を合わせ、ときには一緒にお経を読む。
短いフレーズだけど、みんなお経を空(そら)で言えている。すごい!
私はタイ語のお経なんか言えるわけないので、目立たないよう、すみっこに座って手を合わせ続けた。

タイの田舎では、どこの一族も同じように、大晦日にお坊さんを招くんだろうか?
それとも、この家が大きな家だから特別なのか、よくわかんないけど。
節目にこうやって、仏様や神様にお祈りするというのは、日本と同じだなと思った。

ところで、お経を聞きながら気付いたのは、日本の仏教との大きな違い。

日本では、お坊さんは仏様と向かい合って、信者の人々に背中を向けてお経を上げる。
でもタイでは、お坊さんは仏様と同じ方向を向き、人々と向かいあう形になっている。
これは、仏様とお坊さんに対する、考え方・とらえ方の違いからきているのかなと思った。

日本の大乗仏教の考え方では、人間は死後にみんな仏様になるので、そういう意味ではお坊さんも信者も、仏様を尊ぶというほぼ同列の立場。
でも、タイの上座部仏教では、出家修行せずに死んだ人は、ただの死者で仏様にはならない。
悟りを開こうと修行しているお坊さんは、仏様の一歩手前の存在で、出家していない人々から見れば、敬うべき存在になるのかなーと。
実際、お坊さんと仏様は、同じ「プラ」という単語で呼ばれている。

一方で、日本との共通点もあった。
それは…………お経の儀式が長過ぎる!!

あっさりすぐに終わるものかと思ったら、日本の法事並みに、長〜〜〜い。
タイでは、足を横にくずした状態の座り方が正式なんだけど、それでもかなりきつかった。
ものすごくひさしぶりに、足のしびれを経験した (>人<;)

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